きょうのゆめ。

今日は

私がタマゴの殻を庭に埋めようとして

(なぜタマゴの殻だったかは忘れちゃった。お友達が来てて、料理でも作ってた気がする)泥のところに埋めてガシガシ踏みつけたら急にそこから泥水がぐわーっと溢れてきた。


そして気付いたらそこはおーーーっきくて深いプールみたいな箱になっていて、真ん中には水の竜巻らしきものが。最初は普通に泳げて、息継ぎはいらなかった。久しぶりに会う友人がたくさんいて、やっほー!ってお話ししてたのに途中から急に竜巻の勢いが増して、頑張って端っこにいって生き残ろうと必死になってた。


そしたらそこにズコーンと突っ込んできたマシーンが。おかげで竜巻からは逃れたけど私は気絶したみたいで気づくと私が「先輩」と呼ぶ存在がいて、何やら必死に作戦を考えていた。どうしたのかと聞くと、私たちがいまいる場所はヤバいモンスターとの戦場で、もうすでに仲間は彼ら以外全滅した、と。

(我ながら私の夢は壮絶な設定が多いと思う。)

で、なぜ私たちがここに呼ばれたかというと、(一応選ばれて連れてこられたらしい)わからなかったけど「君たちしかいないんだ!」みたいな感じで、戦いに行くことに。そしていざ行ってみたらあらびっくり。


大きな蚊だった。


吸い口の針からなんかドドンパみたいの撃ってくるけど。


とても気持ち悪かったなぁ。

「ウゲーーー。無理でしょ!」ってなってからはどうしたかは思い出せませんでした。


中途半端でごめんね、でも、夢だから。

続きが気になる人は、夢で見て。

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ばいばい。

ベーコン。

どうも。

夢が独創的だと評判のわたくし、

我ながら今日は傑作だったのではないかと思います。

 

まぁ、前半は、

親友の恋人が鳥人間だったり、

学校で戦争が勃発してみんなで吹き矢で戦ったりしました。

このシーンはとても感動的だった。

そして私の家にラスボス、ワカメ星人が

ヌルヌルと不敵な笑みを浮かべて迫ってきます。

そんなとき私の相棒が放った魔法が…

 

「んんんんん…ベーコン!」

(私:ベーコン!?)

 

「ウオォォォォォ!!!お前、、、何をした!!!」

 

と苦しみあがくワカメ。

そう、ワカメはベジタリアン。

肉が弱点なのでした。

 

きっと伝わらないだろうけど

パワーをためて繰り出す

「ベーコン!」

の絵はとても面白かった。

 

 

それだけ。

よわさ。

今日は

私の弱さが身に染みてわかる一日だった。

だから

誰が見るかもわからないこのブログに

文章を書いてみたくなったりした。

 

昨日私は

たくさん泣いた。

寂しかった、

怖かった。

自分で求めた選択のはずなのに

なぜそんなに悲しいのかもわからなかったけど

悲しいことは知っていた。

涙に教えてもらったって表現が正しいかも。

 

朝起きて、

昨日とは違う日常が始まる。

どんなときも、

昨日と今日は違って

今日と明日は違うはずなのに、

何も違わないはずなのに

動けなくなった。

 

昨日の涙と

薄着のせいで

久しぶりに鼻、喉、頭、全部やられて、

最後には熱まで出た。

病は気からという言葉が身に染みる。

 

やらなきゃいけないことは何一つできないし

考えもまとまらない。

 

こんな日に、

偶然小学校以来の大親友に会えたというのに

大事なことは何も話せなかった。

帰り道に

話したことたくさんと後悔の渦。

いつもなら引き返す道のりも

今日は閉じていた。

 

 

私の弱さが導いた決断。

それにひっぱられて

弱いところが全部出た一日だった。

 

強くなるためのものだったはずなのになぁ。

 

 

夏は私の季節だから

8月は全開でいけるかな。

ぶきよう。

私が乗る電車に

たまに乗り合わせる方がいる。

私はもともと、

人の名前や顔を覚えるのが苦手だから

電車で会う人の顔なんて

覚えられない。


でもその人は、

声でわかる。

存在でわかる。


あ、あの人だ。

あそこにいるんだ。


って。

でもね、顔は知らない。


その人はいつも

すごく不器用に

何かを伝えようとしている。


でも伝わらない。

不器用すぎて。

だって、

怒ってるから。


怒られているほうも

黙ってはいられなくなって

逃げたり

怒ったりする。


心臓がドキドキする。

耳を塞ぎたくなる。

「やめて。」




彼女は

何を望んでいるんだろう。


どうして、

怒るんだろう。


どうしたら、

笑顔になるんだろう。


逃げても、

怒っても、

ダメなんだ。


でも

話しかけられない。


ほんとは、

そういう人の隣に座って

「今日はいい天気ですね」

ってお話できるような人に

なりたいのに。

ほんとうにやりたいこと。

今週は

課題に追われる日々が続いています。

と、いいながらたくさんの人と会って、

遊んで、植物にちゃんと挨拶もしています。

でも、私の予定は6月中はほとんど埋まってしまって

息苦しい。

頭がいつも、

次、”しなきゃいけないこと”を考えてる状態。

想像力が暴走しだすと、

「ちょっとちょっと、それは後でにしてくださいね。」

っておじさんが割って入ってくる。

 

本当は、

人生について、死について、喜びについて、私について、

もっと考えたい、深めたい、感じたい。

 

今日も、

植物の苗を見てるのと課題をやるののはざまに挟まれて

「課題」なんてちっぽけにみえて

でもそれをこなしていく私に逆らえずに。

「でもそれって、私めちゃ我慢強いってことだし、いいところでもあるんだよ?」

なんて言ってみたりね。

 

ちゃんと意志を持たないと

流されていく。

GO WITH THE FLOW

だって、バランスが大事だ。

 

どーーーーーんなにいいことだって

極論にしたら悪くなる。

ビタミンも、睡眠も、お金も、

とりすぎたらよくない。

授業も、出会いも、喜びも、

ありすぎるのは良くない。

 

足りないものをゲットするだけじゃなくて、

足りてるものをリリースする力を

つけたい。

 

人はきっと、

それが苦手だ。

 

 

”~したい”っていってるうちは、まだ無理なんだもんな、きっと。

 

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私が本当に恐れているのは、


「私たちが本当に恐れているのは、

出来ない自分、

失敗する自分じゃない。

なんでも出来る自分、

自分が思うよりももっともっとパワフルな自分だ。

世界を変えてしまうくらいに。」


そんな言葉を思い出す。


もし、私が本当に素敵なエコビレッジが作れて、

幸せそうな家族に囲まれて、

これまた幸せそうに暮らす

とてもパワフルな仲間に囲まれていられるとしたら?

そこから、

満ち満ちたコップから

水が溢れ出るように

幸せや善い暮らしのエネルギーが日本に、世界に染み出していくとしたら。

どうする?


ゾクゾクする。

ワクワクする。

やりたい…!


「え、うそ…。」

と待ったの声。

だって、いまの私はどうなるの?

何もできてない私は何?

それに自分の夢を本気で追いかけたら

どうなるんだろう?

とんだ破天荒になりそうだ。

痛い経験も増えそう。

周りも見えなくなりそう…

そもそも、それが

間違えだったらどうする?


そっか、

やっぱり怖いものだ。

なんでも出来る私が本当だとしたら

なんにも出来ない今の私は

何かが足りていないことになりそうで。





だけど

人を見たら思い出す。

無限の可能性の素晴らしさ。

可能性を持った人には、

その道を生きて欲しい。

それは、心からの願い。

そして、

私もその一人。


本当は知っている。

怖いのは、

自分を守るため。


本当は知っている。

怖くて何もしないと、

もっと自分が傷つくことも。



だから私は、

自分を大切にしながら

夢を見たい。

世界に働きかけたい。

私の世界に。


私を信じて、

人を信じて、

世界を信じる。


綺麗事だし、

そんな価値観クソくらえって思う自分もいるんだけど、

そっちのほうが世界がカラフルで

楽しそう。


信じることを選んだ私は言うんだ、


"間違えてても、

おあいにく様。

気づいたときに

また直せばいいから。

生きてれば

なんとかなるものだから。"


最強だな、こいつ。

と思ったところで

夜が明けた。

朝だ。

目覚めの思考を言葉におこして

私は今日も。

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種を蒔きました。

春です。

この前まで、

春の風を素直に喜べない自分がいましたが

いまは春が愛おしくてなりません。


おとといは、

野菜の種を蒔きました。

去年の暮れから

野菜を育てたいと思っていたのですが

その頃植えた子たちはみんな萎びていたので

春の陽気を今か今かと待っていたのです。

今日で2日目だというのに

種は早々に殻を破り姿を現そうとしています。

見ているとなんだか、

私もそんな風にムクムクっと

殻を破れそうな、

そんなエネルギーを感じます。



殻にこもっていた私は

2週間前に念願のコアクティブコーチングのプログラムに参加し、

そこから養分をたくさんもらいました。

いまはクライアントさんになってくれる人たちと、毎日のようにお会いしています。

去年の今頃、

遠くを見て何もできずにいた私よりも100倍エネルギーに溢れていて、

「あぁそうか、私のペースはこれぐらいなんだろうなぁ。」

とハイスピードで進んでいく仲間を素直に喜べる心を取り戻した気分です。


最近、

「良い」ものの基準が

すごい勢いで塗り替えられていきます。

だから、また変わるかもしれないけれどいまは「自分の大きさ、速さ、強さが一番。」と思います。

前も、

自分が幸せなのがなにより、と思っていたけれど

やっぱり出来るなら

大きいもの、速いもの、強いものがいいと思っていました。

だから

幸せな上に大きくて速くて強い人への劣等感が外せなかった。

でもその劣等感が、

小さくて、ゆっくりで、弱い存在でもいいことを

じんわりと教えてくれているように思います。


ダメなやつ、

と人は誰かを揶揄するけれど

何をダメというのだろう。


しょぼい奴、

せこい奴、

うるさい奴、

全部ほんとは大切なものを持っている、

といまの私は思います。

だから

ダメな奴って私が誰かに対して思うとき、その理由を探るのが楽しいです。

一つ思うのは、

自分の可能性ややりたいことを自分で抑えてしまう人を目の当たりにすると、私の心は強く揺さぶられるようです。

それは、そこに強い願いがあるから。

そういうときの、

その人との関わり方はまだ、

模索中。






自分は

本当は何を大切にしたくて、

何を満たしたくて、

どこへ行こうとしているのか。


それを、

みんなが心から語れるようになったら

もっと簡単に

あの人と繋がれるんじゃないかな、、

という仮説を検証していきたいと思う、春の日和でした。