わたげ。

井の頭線の帰り道。

空が見える。

ビルの合間に

見えては隠れる

夕方の空。

 

太陽に焼けた空に

輝く雲ほど

美しいものはないと、

思うほどに魅せられた。

 

この感動は

写真では写せない。

この衝撃は

写真では。

 

揺れるのは

私の心。

 

ひとびとがせこせこと

それを隠していってしまうのは、

私が泣いてしまわぬようにだろうか。

いや、

その反対か。

限られた時間だからこそ、

その時間を慈しめるものなのかもしれない。

 

あと10秒、

空を眺めることが出来たなら…

あと10秒、

その声を聞けたなら…

その10秒は、

味わいつくせないほど

贅沢なトキになるのに。

 

 

宇宙の神秘に魅了された私は

キャンバスに

未来の私を描いてゆく。

贅沢なトキに囲まれた、

私の未来。

 

手元には

開いていた本が置き去りに。

 

目の前にも、隣にも

足元にも、頭上にだって

驚きと感動で溢れる世界。

そこに生きる、

私の未来。

 

風よ、風よ。

私を運んで。

このまま

そこまで。

 

 

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チョコレート。

今日は、

チョコレートが大好きな友人、ミキティと共に訪れた

Minimalというチョコレート屋さんについてです。


「久しぶりに食べ物でこんなに感動した!!!」

ので、忘れないうちに書き留めました。:)


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入った瞬間、

カカオの香りに包まれる店内で

色んな産地のチョコレートを

試食させてもらった。

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これがまた、

なんと驚き!

ここのチョコは、

カカオとお砂糖しか入っていないから産地によって味が異なるのが、

分かる。

チョコ初心者の私でも。

だって、

少し、とかではなく、

全っ然、違う。

ベリーのような酸味の効いたもの、

檜のように香りの高いもの、

ナッツみたいなコクのあるもの、

びっくりするほど違うの。


感動はまだ続く。

次に頂いたホットチョコレートには

まず香りで驚いた。

ななんと、発酵臭がするのです。

字にすると、臭そうだけど

そうではなく。笑

甘酒みたいに柔らかい香りと、

香り高いカカオの香りがベストマッチ。

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そう、

カカオ豆は収穫後、

発酵させられてから

チョコになるのだ。

だから発酵の過程や、産地や農家さんによって味も香りも全然変わる。

そしてチョコレートというのは

3ヶ月ほど経つと

熟成して味が変化するらしい…!

(私はまだ未検証だけれど。)

普通のチョコは

味を安定させるために

3ヶ月置いてから出荷することもあるそう。

そう考えると作りたてが食べられるMinimalでしかその変化は試せない…

(うまい口車にのせられている気もしなくもない。笑)


でもここのチョコレートは

素材を大切にするから

カカオの粒が残っているし、

ミルクや香料は使っていない。

そのかわり、

カカオにはとてもこだわっていて、

農家さんに発酵の仕方から

丁寧にリクエストしている。

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だから、

本当に素直に、

チョコレートに違いが表れている。



そうそう、ホットチョコの話に戻ろう。

もちろん美味しいんだけど

それだけじゃなくて、

カカオのつぶつぶが残ってるから

まるで食べるココアみたいで

もぐもぐ楽しんでいると、

30分後にあら驚き。

カップ半分飲んだだけで

お腹がいっぱいに!


お腹も心もいっぱいになって

帰ることが出来ました^^


ちなみに

Minimalというお店の名前は、

「色んなものを足して作り出す美味しさじゃなくて、無駄なものは全部抜いた先にある美味しさを提供したい、それこそが日本のチョコレートだ。」

的なメッセージが込められているらしい。


最近注目の発酵とチョコレートが

繋がっていたことに驚いたし、

超満足感たっぷりな飲み物に

出会えたことが幸せだった〜♡


皆さんもぜひ、

バレンタインにこだわりのチョコレートを買ってみては…?(お店の人じゃないけど宣伝。笑)

http://mini-mal.tokyo


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Special thanks to まいまいさん♡

大事なことは。


最近、勉強に身が入らない。

いや、好きなことの勉強は、

本読んでて電車乗り過ごすくらいには

熱中できるんだけど、

大学の勉強には、全く。


ある夜、

そんなことを父に話した。


「えー、学費払ってるんだから

勉強もしてくれよー。」

って言われるかなぁと思ってた。


けど、そのときの父は

「まぁしょうがないんじゃない?」

と、自分の青春時代も振り返りながら話をしてくれた。


ここで少し、

私の尊敬する父の紹介をすると、

彼は昔から頭の回転が速くて

勉強は大してしなくても出来る子だった(らしい)。

だから自分は天才だと思い込んで

勉強せずに部活やバイトに明け暮れた結果、

まぁそれなりの大学に行き、

公務員になってそれなりの収入を得ている。

割と楽に、

それなりの人生を歩んできた(みたいだ)。


そんな父は、

自分の軸をしっかり持っていて。

言い換えるとそれは、

自分の大切にしたいものをしっかり持っている人だと

娘の私には映っている。


"割と楽に"

というのも、

身を削って努力して掴み取る地位や名声やお金より、

友達や家族を大切にするために時間を使うことを選んでいた、

というだけで、

家族のための努力は惜しむことなくしてくれたと思う。


だから父は、

家族との時間を優先して

会社の昇進試験も受けなかった。

何やら会社では、

伝説の平社員として後輩から絶大な支持を得ている(らしい)。



そんな父は大学が苦痛だと感じている私に、

「大人になってくれば、

自分にとって大事なこと、大事じゃないことが見えてくるからね。」

とそれを認めてくれた。


そして

「おれも中学の頃はなぁ、」

といつもの思い出話が始まる。笑


「でも、」

と話の最後に、


「大事じゃないことだけを見つけていっても、

大事なことが見つけられないやつの

人生はつまらないぞ。」


と言葉を添えた。

ドキッとした。


この言葉は、

最近よくわからないことばっかりやって、

「ちゃんと就職しろ。」

が娘に通用しないことをわかり始めた父が

私にくれたエールだ

(と勝手に理解している)。



エールをきちんともらった私は今日も、

こうして大事なことをひとつ、

書き溜めた。

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明けましておめでとうございます。

新年が明けました。

おめでとうございますね。


今日はなんでもない気づきを一つ書いておこうと思いました。

新年一発目にしては面白くない。

けど。

はい。




年末から、

我が家には兄が帰ってきておりました。

うちの兄は落ち着いていて、

几帳面で真面目な男の人で、

私や父とは違ったタイプの人間です。

(2人は大雑把。笑)

だから兄が帰ってくる直前はいつも、

兄に怒られないよう、

取り繕うようにお掃除をします。笑

兄は、うちを綺麗にする大きな動機の一つなんですね。

有り難い存在だ。


まぁ、それは置いておいて。


そんな兄と新年、

格付け芸能人という番組をみながら

「あんなお金持ちの人たちは一生働かなくても生きていけるんだもんなぁ」

みたいな話をしていました。

だって

ガクトさんの時計、6000万ですよ!?

家が買える…

と思って驚愕。。


そう、それで

「お金持ちになったらどうする?」

って話になったのですが

そこに私と兄の性格の差が如実に表れていたのでちょっと記録しておこうかな、と。


どうやら彼はずっとダラダラしていたいらしいのです。

もうちょっと聞くと、

旅やら釣りやら買い物やらしてたいらしいのです。

(寝てるだけじゃなくてよかった。笑)


でも私の場合、

絶対何かをしていないと落ち着かなくて、

ましてお金があるなら私は、

お金持ちじゃないとできないような慈善事業やらをしたいなと思ってしまうんですね。


インドネシアから帰ってきたあとの一ヶ月のダラダラ生活なんて、本当に虚しかったもの。


「はて。

そんな私と兄の違いは何なのかしら。」

と私の思考は広がります。


最初は仕事に求めることやそもそもの定義が違うんだな、と考えました。

私は仕事にやりがいを求めていて、それはすなわち生きがいにも繋がること。

だから働きたいと思っている。


でも兄にとって仕事はお金のためのもので、

生きがいは他にあるからなんだ、と。

(これはあくまで予測。半分間違ってると思う)

それはそれでとっても素敵なことだと思うんですよね。

ふむふむ、そうか、と。


でももう少し考えていくと、

私がお金を持っていても働きたいと思うのは

「他人に、そして外から認められたい」とか

「ありがとうって言って欲しい」

欲があることを表しているんだな、と気づいたんですね。


そうすると、もしかしたら

自分のために生きていくことが出来る人はすごいのかもしれない。

もし、自分の中に自分の存在意義をしっかり持っているってことだとしたら…


最終結論、どっちもいいよねってなってしまうんだけど

私にとっては面白い発見でした。

最近悩んでいる私の弱さの根源を

見せられた気がして。


私はまだまだ、

揺れる人間。f:id:hasamick:20170101231209j:plain

さみしいの気持ち。


「さみしい(さびしい)。」

の気持ちは、

人が、

社会的な動物として

本能的に抱いてしまう

感情だと思う。


でも、

さみしいの気持ちは、

ひとりで持ってると

人を醜くする気がする。


だってさみしいと、

欲しくなる。


友達が。

親友が。

恋人が。

家族が。

誰かが、ほしい。


お菓子が。

お洋服が。

本が。

お金が。

何かが、ほしい。


さみしいと、欲しくなる。

それは、

生物として生きていくために

必要なものかと言われれば

そんなことないんだけど、

人だから、

さみしいから、

必要なんだ。


でもそれでもさみしいと、

人はついに、

さみしいを、

忘れる。


たとえば。

さみしいのに、

さみしいって言えなくなると

それは溜まって溜まって、

それ以上耐えられないくらい

さみしくなって、

辛くて、

私たちはさみしさを忘れようとする。

防衛機能だ。

それで、

ひとりで生きていける気がして、

そのうち、

ほんとにひとりで生きている気がして

さみしさを見下すようになる。

「ひとりで生きていけない奴なんて。」

でもここで、

ほしいの気持ちだけが

残ったりもする。

そうすると、

虚しい消費が始まる。


でもそれって

さみしい解決策だと私は思う。

きっとどこかでずっと、

さみしいの気持ちが泣きながら

待ってるもん。


「誰か、抱きしめて。」



だけど

私は

さみしいの気持ちは

誰かにそっと伝えたとき、

人を美しくすると思う。


だって、

人は人を抱きしめられるから。

しかも、

誰かのさみしいに触れたとき、

なんとかしてあげたいと

思ってあげられる。

それが、

人だ。

他人の気持ちを分かち合える。

愛を生み出せる。

それが、

人だと信じたい。


さみしいを見下す人は

さみしいに支配されてて

さみしいの意味を忘れてしまう。

でもさみしいは、ほんとうは、

HELPのサイン。

心が、

「いま、HELPって言うときだよ!」

って教えてくれて、

でもなかなか気づかないと

強く伝えようとしてくれて、

それを「辛い」と

私たちは感じてるのかも。


だから、言えたらいいよね。

さみしいよって。


でもね、言えないんだよね。

抱きしめてって。


そういう話。

きょうの夢。

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どこか。
 深い海の底か、山奥か。 
どこか、遠くに
私を待ってる家がある。 
そんな夢を見た。 

朝起きると
澄んだ空気にハッとして
輝く生命に挨拶をするのが
日課になっていて、
私はそこで
何かの帰りを待っていた。 

それは
あしたの朝
降りつもる雪なのか。 
昨日みた
不思議な目をもつ鹿なのか。
今日出会う
君なのか。
分からない。

ただ、ひたすら
何かを待っている。
そんな夢。

再会とインプロ。

今日は2か月前、女神山で

運命のように偶然出会ったインプロのプロ(ややこしい)、

ヒロキさんにお願いして

念願の初体験ができた嬉しい日でした。

 

インプロとは…

googleで調べると

インプロ(Impro)は「インプロビゼーション(Improvisation=即興)」から来た言葉で、「台本や打ち合わせが全くなく、その瞬間に起こったことを受け入れ合いながら即興で作られていくエンタテイメント」です。 近年ではエンタテイメントに留まらず、社員教育や学校教育の場でも注目が集まっています。

インプロ(即興/即興演劇)より

って出てきます。

 

これだけみると

アドリブが苦手な私にはかなりハードル高い。

(だからやりたかったんですけれど。)

でもこれが、

やってみると意外とイケるんです。

 

ワークショップはヒロキさんの1人インプロから始まりました。

それが面白いのなんの。

下手なお笑い芸人のネタより数倍面白い。

(実際、よしもとのお笑い芸人がトレーニング受けたりもするそう。)

とてもよく笑いました。

それで、

「あ、すき。」

って思いました。

 

今回の内容は、

他人を演じるんじゃなくて、

自分の感情と想像力を引き出すものでした。

だから、自分のいつものくせが分かるんです。

例えば私は、

「怒り」がやっぱりうまく出なかった。

知ってたけれど。

 

「私は怒ってるんだー!」

って表現したいな。

ぐわー!

ってしたい。

のどの奥にあるあのかたまりを、

出したい。

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そういえば昔は

風邪のときにいつもみる、

とても嫌な夢にうなされてたとき

部屋中のものを投げて、布団もぐちゃぐちゃにして

泣いてたことがあったな。

お母さんに泣き叫んで怒りをぶつけたこともあるな。

でも全部、小学校上がる前の記憶だ。

 

今となっては

いろんな理由をつけて

「怒り」が出せない。

忘れた。

ような気がする。

そんな話をしたら、

「出したくなったら出るんだから

そんなに考えなくていいんじゃない。」

と言った人がいたな。

出るのかな、いつか、タマゴみたいに。

出る気もするな。

でも出る必要がなくなっていく気もする。

 

 

私はいま、

「怒り」「悲しみ」「恐れ」「虚しさ」

そういうものと上手に付き合っていく方法に

出会っているみたいです。

 

イベントに集まってくれた皆様に感謝♡

アクティブホープのみんなと再会できてうれしかったです^^